しかし当時、最高の遣い手の一人であり、武士階級として知的レベルもそれなりに高かったであろう柳生但馬守ですら、武術の言語化は純粋な日本語だけでは実現できず、舶来言語体系である禅の用語を必要としました。
だからこそ、「禅や儒教の言葉も借りず、古い軍記物の表現も使わず」、きわめて平易な、しかし不完全な当時の日本語を用い、しかも400年後に生きるわれわれのような後代の武術・武道人でも理解し納得できる武術の理合の言語化を実現した、宮本武蔵という人物の天才は、柳生を越えているのです。
「顔面突きで、相手をビビらせて居着かせろ」とか、「フェイントかけて斬れ」とか、「まず一拍子で強く打ち、そのまま粘る感覚で切っ先下がりに打てば、相手の太刀を打ち落とせる」などなど、『五輪書』の記述は、今読んでも超具体的かつ現実的です。体当たりのコツまで、丁寧に分かりやすく解説しているくらいなのですから。
さらにすごいのは、言葉で説明すると誤解の多い点、言語化が適切でない部分について、「この技については、ちょっと言葉では説明できないので、実地の稽古で体験してくださいネ!」とまで書いてあるわけです。
言葉にできることと、できないことを、きちんとわきまえている!
400年前に、ここまで読者の便宜を考えて執筆しているのですから、もうこれは超絶的な現代感覚です。
(nwashyから)
245 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2013/05/08(水) 14:28:39.39 ID:rYX00aZs0
高校のときの古典の授業中の会話
男子「先生、結局枕詞って何なんですか?」
先生「うーんとな……機動戦士」
男子「ガンダム」
先生「それや」
男子「なるほど!」
つまり魔法少女も美少女戦士も全部枕詞。
スクランブル交差点での傘の群舞
高層ビルのレストランで、アメリカから来た老夫妻との食事を終えて、廊下に出ると、雨が降り出していた。廊下から外を見下ろすと、そこはハチ公広場前の大きなスクランブル交差点で、信号が青になると色とりどりの雨傘がひしめいていた。老夫妻は足をとめ、じっと窓から見下ろした。
<私たち、こうするのが大好きなの。日本のことが一番よくわかるから。雨の日、そしてことに渋谷のような大きな交差点。ほら、あちこちの方向へ動く傘をよく見てごらんなさい。ぶつかったり、押し合ったりしないでしょ?バレエの舞台の群舞みたいに、規則正しくゆずり合って滑って行く。演出家がいるかのように。これだけの数の傘が集まれば、こんな光景はよそでは決して見られない。>
この言葉に、海外に合計15年も住んでいた文筆家の加藤恭子氏は次のような感想を持った。
<内なる「外の眼」(JOG注: 海外生活体験を持つ日本人の眼)を意識している私も、ここまでは気づかなかった。
いつもせかせかと急いでいる私は、「傘の群舞」に眼をとめたことすらなかったのだ。真の「外の眼」のみが指摘できる特徴だったのだろう。>
日本人には「せかせかとした雑踏」としか見えないスクランブル交差点で入り乱れる傘の群れを、この老夫妻は「規則正しくゆずり合って滑って行く」日本人の姿として捉えていたのである。
Coupled is a series of prints depicting a somewhat complicated relationship between two (or more) objects.
Coupled by Safwat Saleem
(g2-k7factoryから)



